スペイン セグンダ | 01/11 16:00 | 20 | ミランデス v Badalona Futur | W | 1-0 | |
スペイン セグンダ | 01/03 15:00 | 19 | CDアラベス v ミランデス | W | 1-3 | |
スペイン セグンダ | 12/20 17:15 | 18 | ミランデス v レアルサラゴサ | D | 1-1 | |
スペイン セグンダ | 12/13 17:00 | 17 | バルセロナB v ミランデス | W | 1-3 | |
スペイン セグンダ | 12/06 17:00 | 16 | ミランデス v オサスナ | W | 1-0 | |
スペイン セグンダ | 11/30 16:00 | 15 | レクレアティーボ v ミランデス | W | 0-1 | |
スペイン セグンダ | 11/23 16:00 | 14 | ミランデス v レガネス | W | 1-0 | |
スペイン セグンダ | 11/15 17:30 | 13 | ラスパルマス v ミランデス | D | 0-0 | |
スペイン セグンダ | 11/08 15:00 | 12 | ミランデス v バリャドリード | D | 0-0 | |
スペイン セグンダ | 11/01 19:00 | 11 | サバデル v ミランデス | L | 3-2 | |
スペイン セグンダ | 10/26 16:00 | 10 | ジローナ v ミランデス | L | 3-0 | |
スペイン セグンダ | 10/18 16:00 | 9 | ミランデス v アルバセテ | W | 3-2 | |
スペイン コパ・デル・レイ | 10/14 18:00 | 9 | ミランデス v CDアラベス | L | 0-1 | |
スペイン セグンダ | 10/11 14:00 | 8 | ポンフェラディーナ v ミランデス | L | 1-0 | |
スペイン セグンダ | 10/05 19:00 | 7 | ミランデス v ヌマンシア | W | 2-0 | |
スペイン セグンダ | 09/28 16:15 | 6 | レアルベティス v ミランデス | L | 2-0 | |
スペイン セグンダ | 09/20 16:00 | 5 | ミランデス v スポルティング・ヒホン | L | 0-2 | |
スペイン セグンダ | 09/14 19:00 | 4 | テネリフェ v ミランデス | L | 1-0 | |
スペイン コパ・デル・レイ | 09/10 18:45 | 8 | ミランデス v ラシンフェロル | W | 4-1 | |
スペイン セグンダ | 09/07 15:00 | 3 | ミランデス v アルコルコン | L | 1-2 | |
スペイン セグンダ | 08/30 21:00 | 2 | ラシン・サンタンデール v ミランデス | W | 1-2 | |
スペイン セグンダ | 08/24 17:00 | 1 | ミランデス v ルーゴ | D | 0-0 |
クルブ・デポルティーボ・ミランデス(Club Deportivo Mirandés)は、スペイン・カスティーリャ・イ・レオン州ブルゴス県ミランダ・デ・エブロに本拠地を置くサッカークラブ。1927年5月3日設立。エスタディオ・ムニシパル・デ・アンドゥバをホームスタジアムとする。2023-24シーズンはセグンダ・ディビシオン (2部)に所属している。
CDミランデスの起源は20世紀まで遡ることができるが、1917年創設のEDミランデス、1919年創設のSCミランデス、1919年創設のデポルティーボSC、1922年創設のミランダUCなどが直接の前身であるとされる。CDミランデスは1927年5月3日に設立され、6月4日のSaint John of the Mountain Festivalにおいてアラバーラと初試合を行って1-0で勝利した。1944年から1977年まで、CDミランデスは3シーズンを地域リーグで過ごした他は完全にテルセーラ・ディビシオン(当時3部相当)に在籍し続けた。1977年にセグンダ・ディビシオンB(現3部相当)が新設されると、CDミランデスはセグンダ・ディビシオンBに登録された。1977-78シーズンから5シーズンの間セグンダ・ディビシオンBに在籍し、1977-78シーズンと1978-79シーズンの2度、セグンダ・ディビシオン(2部)昇格プレーオフに出場した。1977-78シーズンのコパ・デル・レイではマリオ・ケンペスらを擁するバレンシアCFと対戦し、2-4で敗れた。この時代には、後にレアル・マドリードに選手・監督の両方で在籍することになるミゲル・アンヘル・ポルトゥガルがCDミランデスでプレーしていた。
1986年にはラ・リオハ州サッカー連盟の設立に加わった。3年後の1988-89シーズンには23歳のフアン・マヌエル・リージョ監督を擁し、テルセーラ・ディビシオン(4部相当)で優勝してクラブ初のタイトルを獲得した。その後はセグンダ・ディビシオンBとテルセーラ・ディビシオンを行き来し、時には地域リーグでプレーした。2006-07シーズンと2007-08シーズンのレギュラーシーズンでは2シーズン連続で1位となったが、プレーオフで敗れて昇格はならなかった。2008-09シーズンは2位だったが、プレーオフではヘレス・インドゥストリアルCFを2試合合計4-2で下し、3度目の正直でセグンダ・ディビシオンB昇格を果たした。
2011-12シーズンは開幕から833分間失点を許さず、17節までシーズン無敗を継続した。同シーズンのコパ・デル・レイではラウンド32でプリメーラ・ディビシオン(1部)のビジャレアルCFを倒すと、ラウンド16では同じくプリメーラ・ディビシオンのラシン・サンタンデールを、準々決勝ではやはりプリメーラ・ディビシオンのRCDエスパニョールを撃破し、準決勝に駒を進めた。セグンダ・ディビシオンB所属のクラブが準決勝に到達するのは2001-02シーズンのUEフィゲレス以来であり、大会史上2度目の快挙だった。クラブ史上初となるセグンダ昇格を達成、2012-13シーズンは15位、2013-14シーズンは本来降格となる19位だったがレアル・ムルシアが財政難で降格したために残留となった。
2018-19シーズン、2年ぶりとなるセグンダ・ディビシオン復帰が決まった。また、2部再挑戦のため、現役時代、アスレティック・ビルバオなどで活躍したアンドニ・イラオラを監督に置くことが決まった。