ブラジル セリエA 07/05 19:00 11 ゴイアス v コリンチャンス D 0-0
ブラジル セリエA 07/02 22:30 10 コリンチャンス v ポンチプレッタ W 2-0
ブラジル セリエA 06/28 00:00 9 コリンチャンス v フィゲイレンセ W 2-1
ブラジル セリエA 06/20 19:30 8 サントス v コリンチャンス L 1-0
ブラジル セリエA 06/13 19:30 7 コリンチャンス v インテルナシオナル W 2-1
ブラジル セリエA 06/07 01:00 6 ジョインヴィレEC v コリンチャンス W 0-1
ブラジル セリエA 06/04 01:00 5 グレミオ v コリンチャンス L 3-1
ブラジル セリエA 05/31 19:00 4 コリンチャンス v パルメイラス L 0-2
ブラジル セリエA 05/24 19:00 3 フルミネンセ v コリンチャンス D 0-0
ブラジル セリエA 05/17 00:00 2 コリンチャンス v シャペコエンセ W 1-0
コパ・リベルタドーレス予選 05/14 01:00 4 コリンチャンス v グアラニ・アスンシオン L 0-1
ブラジル セリエA 05/10 19:00 1 クルゼイロ v コリンチャンス W 0-1
コパ・リベルタドーレス予選 05/06 22:45 4 グアラニ・アスンシオン v コリンチャンス L 2-0
コパ・リベルタドーレス 04/23 01:00 6 サンパウロ v コリンチャンス L 2-0
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 04/19 19:00 2 コリンチャンス v パルメイラス L 7-8
コパ・リベルタドーレス 04/17 01:00 5 コリンチャンス v サンロレンソ D 0-0
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 04/11 19:20 3 コリンチャンス v ポンチプレッタ W 1-0
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 04/09 01:00 15 ECキンゼ・デ・ノヴェンブロ v コリンチャンス D 2-2
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 04/05 19:00 14 コリンチャンス v サントス D 1-1
コパ・リベルタドーレス 04/02 01:00 4 コリンチャンス v ダヌービオ W 4-0
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 03/29 19:00 13 ブラガンチーノ v コリンチャンス W 0-1
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 03/26 22:30 12 コリンチャンス v CAペナポレンセ W 5-3
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 03/24 22:30 4 コリンチャンス v ポルトゥゲーザ・デスポルトス W 2-0
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 03/22 19:00 11 キャピタリノSP v コリンチャンス W 2-3
コパ・リベルタドーレス 03/17 23:00 3 ダヌービオ v コリンチャンス W 1-2
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 03/14 19:00 10 コリンチャンス v ブラガンチーノll D 0-0
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 03/12 01:00 9 コリンチャンス v サンベルナルドSP W 1-0
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 03/08 19:00 8 サンパウロ v コリンチャンス W 0-1
コパ・リベルタドーレス 03/05 01:00 2 サンロレンソ v コリンチャンス W 0-1
ブラジル カンピオナート・パウリスタ 03/01 19:00 7 コリンチャンス v モジミリン W 3-0

SCコリンチャンス・パウリスタ (ポルトガル語: Sport Club Corinthians Paulista) 、通称コリンチャンス (Corinthians) は、ブラジル・サンパウロ州サンパウロを本拠地とする総合スポーツクラブである。この項ではサッカークラブを中心に記述する。

History

1910年9月1日、SCコリンチャンス・パウリスタは5人の若い労働者たちによってサンパウロ近郊のボン・レチーロで設立された。クラブ名は1910年の設立当時に、ブラジル遠征で圧倒的な強さを誇っていたイングランドのサッカークラブ、「コリンシアンズFC」に由来する。当初のチームカラーはクリーム色だったが、後に入手が容易な白に変わったという。なお、「コリンチャンス」は「コリント人」という意味で、ニックネームのチモンは「偉大なチーム」の意。

初期のマークは「C」と「P」の組み合わせであった。1919年より代わりにサンパウロ州旗をモチーフに使用するようになり、1939年以降は赤い錨・櫂(オール)と組み合わさって出来た。

1990年代にはカンピオナート・ブラジレイロ・セリエA(1990・1998・1999年)とブラジルカップ(1995年)で4度の国内タイトルを獲得。2000年にヴァスコ・ダ・ガマをPK戦で下してFIFA世界クラブ選手権の初代王者となった。2004年にイラン人オーナーのキア・ジョーラブチアン率いる投資ファンド MSI (Media Sports Investment) と資本提携を結び、ヨーロッパのビッグクラブに匹敵する資金力を誇るクラブとなり、2005年に4回目のブラジル全国選手権優勝を手にした。しかし、MSIと経営陣との間では対立が続き、オーナーのキアの逮捕、及び投資に問題があるなど警察沙汰になり2007年に関係は解消された。そのため獲得していた殆どのレギュラー選手が売られ、補欠・ジュニアチームで挑んだ2007年のセリエAでは17位と低迷し、クラブの歴史上初めてのセリエB降格が決定した。2008年にはコパ・ド・ブラジルで決勝進出を果たし、セリエBでも優勝を果たして1年でセリエAへの復帰を決めた。2009年には元ブラジル代表のロナウドを獲得して話題を集め、カンピオナート・パウリスタ、コパ・ド・ブラジルの2冠を達成。2012年にコパ・リベルタドーレスのタイトルを獲得し、同年のFIFAクラブワールドカップ2012では決勝でチェルシーFCを1-0で下して2回目の世界王者となった。

2022年には前項のFIFAワールドカップ2012の世界王者から10周年を記念した、日本語のユニフォームを作成した。シャツには 『Aqui é Corinthians.』を日本語に訳した「これがコリンチャンスです。」を縦書きで書き連ね、各選手の背ネームをカタカナで表示した。

コリンチャンス(ポルトガル語: Sport Club Corinthians Paulista)は、ブラジルのサンパウロにあるプロサッカークラブ。1910年9月1日に創設された。ブラジル全国選手権(セリエA)とサンパウロ州選手権(カンピオナート・パウリスタ)をそれぞれ11回、サンパウロ州リーグ(カンピオナート・パウリスタ)を30回制しており、カンピオナート・パウリスタでは最多優勝記録を保持している。また、コパ・ド・ブラジルを3回、リベルタドーレス杯を1回、FIFAクラブワールドカップを2回制覇している。

コリンチャンスは、1990年代から2000年代にかけて、ロベルト・カルロス、リバウド、ロナウジーニョ、カカ、アドリアーノなど、多くのブラジル代表選手を輩出した。また、2000年には、国際サッカー連盟(FIFA)が選定した20世紀のクラブチームランキングで3位に選ばれた。

コリンチャンスは、ブラジルで最も人気のあるサッカークラブのひとつであり、アレーナ・コリンチャンスを本拠地としている。アレーナ・コリンチャンスは、2014年のFIFAワールドカップブラジル大会の会場のひとつとして使用された。

コリンチャンスのライバルは、サンパウロFC、パルメイラス、サントスFCである。これらのクラブとの対戦は、ダービーマッチと呼ばれ、非常に盛り上がる。