ブラジル セリエA 11/21 19:00 34 [6] コリンチャンス v サントス [11] W 2-0
ブラジル セリエA 11/18 00:30 33 [2] CRフラメンゴ v コリンチャンス [5] L 1-0
ブラジル セリエA 11/14 00:00 32 [6] コリンチャンス v クイアバ [12] W 3-2
ブラジル セリエA 11/10 22:00 31 [1] アトレチコミネイロ v コリンチャンス [6] L 3-0
ブラジル セリエA 11/06 20:00 30 [6] コリンチャンス v フォルタレザ [5] W 1-0
ブラジル セリエA 11/02 00:30 29 [7] コリンチャンス v シャペコエンセ [20] W 1-0
ブラジル セリエA 10/24 19:00 28 [6] インテルナシオナル v コリンチャンス [7] D 2-2
ブラジル セリエA 10/18 23:00 27 [14] サンパウロ v コリンチャンス [6] L 1-0
ブラジル セリエA 10/14 00:00 26 [6] コリンチャンス v フルミネンセ [9] W 1-0
ブラジル セリエA 10/09 19:30 25 [19] スポルチレシフェ v コリンチャンス [5] L 1-0
ブラジル セリエA 10/06 00:30 24 [6] コリンチャンス v バイーア [17] W 3-1
ブラジル セリエA 10/02 22:00 23 [5] ブラガンチーノ v コリンチャンス [6] D 2-2
ブラジル セリエA 09/25 22:00 22 [6] コリンチャンス v パルメイラス [2] W 2-1
ブラジル セリエA 09/19 21:15 21 [7] コリンチャンス v アメリカMG [17] D 1-1
ブラジル セリエA 09/12 21:15 20 [9] アトレティコ・ゴイアニエンセ v コリンチャンス [6] D 1-1
ブラジル セリエA 09/08 00:30 19 [6] コリンチャンス v ECジュベントゥージ [14] D 1-1
ブラジル セリエA 08/29 00:00 18 [17] グレミオ v コリンチャンス [6] W 0-1
ブラジル セリエA 08/22 19:00 17 [7] アトレティコ・パラナエンセ v コリンチャンス [11] W 0-1
ブラジル セリエA 08/15 19:00 16 [13] コリンチャンス v セアラー [7] W 3-1
ブラジル セリエA 08/08 19:00 15 [8] サントス v コリンチャンス [11] D 0-0
ブラジル セリエA 08/01 19:00 14 [10] コリンチャンス v CRフラメンゴ [6] L 1-3
ブラジル セリエA 07/26 23:00 13 [15] クイアバ v コリンチャンス [12] W 1-2
ブラジル セリエA 07/17 22:00 12 [12] コリンチャンス v アトレチコミネイロ [3] L 1-2
ブラジル セリエA 07/11 23:30 11 [5] フォルタレザ v コリンチャンス [12] L 1-0
ブラジル セリエA 07/09 00:00 10 [19] シャペコエンセ v コリンチャンス [13] W 0-1
ブラジル セリエA 07/04 00:00 9 [11] コリンチャンス v インテルナシオナル [14] D 1-1
ブラジル セリエA 07/01 00:30 8 [11] コリンチャンス v サンパウロ [17] D 0-0
ブラジル セリエA 06/27 19:00 7 [9] フルミネンセ v コリンチャンス [12] D 1-1
ブラジル セリエA 06/24 22:00 6 [12] コリンチャンス v スポルチレシフェ [15] W 2-1
ブラジル セリエA 06/20 19:00 5 [7] バイーア v コリンチャンス [10] D 0-0

SCコリンチャンス・パウリスタ (ポルトガル語: Sport Club Corinthians Paulista) 、通称コリンチャンス (Corinthians) は、ブラジル・サンパウロ州サンパウロを本拠地とする総合スポーツクラブである。この項ではサッカークラブを中心に記述する。

History

1910年9月1日、SCコリンチャンス・パウリスタは5人の若い労働者たちによってサンパウロ近郊のボン・レチーロで設立された。クラブ名は1910年の設立当時に、ブラジル遠征で圧倒的な強さを誇っていたイングランドのサッカークラブ、「コリンシアンズFC」に由来する。当初のチームカラーはクリーム色だったが、後に入手が容易な白に変わったという。なお、「コリンチャンス」は「コリント人」という意味で、ニックネームのチモンは「偉大なチーム」の意。

初期のマークは「C」と「P」の組み合わせであった。1919年より代わりにサンパウロ州旗をモチーフに使用するようになり、1939年以降は赤い錨・櫂(オール)と組み合わさって出来た。

1990年代にはカンピオナート・ブラジレイロ・セリエA(1990・1998・1999年)とブラジルカップ(1995年)で4度の国内タイトルを獲得。2000年にヴァスコ・ダ・ガマをPK戦で下してFIFA世界クラブ選手権の初代王者となった。2004年にイラン人オーナーのキア・ジョーラブチアン率いる投資ファンド MSI (Media Sports Investment) と資本提携を結び、ヨーロッパのビッグクラブに匹敵する資金力を誇るクラブとなり、2005年に4回目のブラジル全国選手権優勝を手にした。しかし、MSIと経営陣との間では対立が続き、オーナーのキアの逮捕、及び投資に問題があるなど警察沙汰になり2007年に関係は解消された。そのため獲得していた殆どのレギュラー選手が売られ、補欠・ジュニアチームで挑んだ2007年のセリエAでは17位と低迷し、クラブの歴史上初めてのセリエB降格が決定した。2008年にはコパ・ド・ブラジルで決勝進出を果たし、セリエBでも優勝を果たして1年でセリエAへの復帰を決めた。2009年には元ブラジル代表のロナウドを獲得して話題を集め、カンピオナート・パウリスタ、コパ・ド・ブラジルの2冠を達成。2012年にコパ・リベルタドーレスのタイトルを獲得し、同年のFIFAクラブワールドカップ2012では決勝でチェルシーFCを1-0で下して2回目の世界王者となった。

2022年には前項のFIFAワールドカップ2012の世界王者から10周年を記念した、日本語のユニフォームを作成した。シャツには 『Aqui é Corinthians.』を日本語に訳した「これがコリンチャンスです。」を縦書きで書き連ね、各選手の背ネームをカタカナで表示した。

コリンチャンス(ポルトガル語: Sport Club Corinthians Paulista)は、ブラジルのサンパウロにあるプロサッカークラブ。1910年9月1日に創設された。ブラジル全国選手権(セリエA)とサンパウロ州選手権(カンピオナート・パウリスタ)をそれぞれ11回、サンパウロ州リーグ(カンピオナート・パウリスタ)を30回制しており、カンピオナート・パウリスタでは最多優勝記録を保持している。また、コパ・ド・ブラジルを3回、リベルタドーレス杯を1回、FIFAクラブワールドカップを2回制覇している。

コリンチャンスは、1990年代から2000年代にかけて、ロベルト・カルロス、リバウド、ロナウジーニョ、カカ、アドリアーノなど、多くのブラジル代表選手を輩出した。また、2000年には、国際サッカー連盟(FIFA)が選定した20世紀のクラブチームランキングで3位に選ばれた。

コリンチャンスは、ブラジルで最も人気のあるサッカークラブのひとつであり、アレーナ・コリンチャンスを本拠地としている。アレーナ・コリンチャンスは、2014年のFIFAワールドカップブラジル大会の会場のひとつとして使用された。

コリンチャンスのライバルは、サンパウロFC、パルメイラス、サントスFCである。これらのクラブとの対戦は、ダービーマッチと呼ばれ、非常に盛り上がる。